探偵

女房は男と駆け落ちして、もうじき1年になる。長男はどうにか大学に入ってくれたので一安心、娘が父さんきもい!とか臭いとか言うのが、気に障ってしょうがない。
女房が「探さないで下さい。彼と幸せになります。」って置き手紙おいていなくなった時は3日間は喉になにもはいらなかった!あの時はホントガックリした!俺も野暮じゃ無いから探さない。でも長男は「あんたのせいだ!」なんて言いやがって!
仕事がら2週間ぐらい家に帰れない事もざらにあるし、部下の指導も中途半端じゃ、育てられないし、何しろ秘密重視の探偵業のせいか、どうしても無口になりがちだし!
そんな中やっとけりが付いた仕事がある。丁度半年前依頼があった件なんだけど、これも怪我人が出たりして大変だった。
探偵って言うとドラマやアニメで刑事と一緒に難事件を推理、謎を解き明かし解決!てのが定番だけど現実にはありえない。調査中で事件性があれば即撤収が基本。
うちの場合、まぁ8割は「浮気(素行)調査」。男女の出会いの最先端で働いているって感じ。あまりいい出会いはないがね。仕事は誠実にしてるさ、信頼を得て少しでも長期長時間の契約をもらう、その方が実入りも良いしね。
で、今回の依頼主は某有名商社の部長夫婦様、娘さんのお付き合い相手を調べて欲しいとのこと。ご主人いわく、年頃なので会社の部下とお見合いも考えているが、娘にとって良い男性なら一緒になるのもやぶさかではない。まぁその下調べだそうな。
ただ相手の情報はないらしい。奥様は娘さんの様子から男性がいるのでは?と思えたそうで、金曜日の夜は帰宅時間が遅いことが多く、日曜日も時々会っていそうな雰囲気らしい。娘さんの写真を預かり打ち合わせ、丁度明日は金曜日。早速調査を始めることとした。
退勤時刻の18:00過ぎ、勤務する会社から少し離れた処で張り込んでいると、娘さんが自動ドアを出てきた。白のツインニットとごく薄い緑のタイトスカート、つや消しベージュのヒール。小さめのビジネスバッグを持ち顔立ちは…可愛い感じ、やや茶髪の今時の女性だ。
男性と接触するかは行動を見るしかないので、そのまま彼女を尾行する。会社最寄り駅に着くと帰宅する側と反対の改札に入ったので、あぁこりゃビンゴか?事前に買った切符で同じく改札を通り、見失わない程度の距離からスマホを見るふりをして、同じ電車に揺られた。

数駅ほど通過し、娘さんは駅を出ると途中コンビニに立ち寄り、2人分の食べ物と飲み物を買って、駅から3~4分くらいか?3階建てのデザインアパート玄関に立った。
玄関を開ける男の姿を確認。笑顔で出迎えていた。
そして入室から約1時間後に、いったん部屋の明かりが消えたので状況を調べ、まぁそう言う事も確認できた。その後22:00過ぎに2人部屋を出て駅まで手をつなぎ、男に見送られた娘さんが電車に乗り込んだのを見て、この日の調査を終えた。
翌週の金曜日も同じ様な行動があり、日曜日も1度2人を確認する。これで男との付き合いに継続性が認められると判断した。男はパッと見で娘さんより5才前後は年上か?背は高く服装のセンスも良い、自分から見てもハンサムに見えた。また2人の自然な振舞いとしぐさから、付き合いは短くはないだろう。
次に男の素性を調べる調査に移行する。そして。
あることに気づきその事を調査したのだが…込み入った状況となってしまう。

依頼を受け1ヶ月、調査内容をまとめ報告書を作成。報告書は手渡しをするのがうちのルール。今回はいやな予感がしたので不測の事態に対応できるよう、ご夫婦に事務所まで来ていただくことにした。あわせて女性、男性各調査員も1名ずつ待機させ、先に応接の椅子に座って約束の時刻を待った。
ご依頼主様が、お越しになりました。
あぁ、そしたら応接の方に通して。
立ち上がって挨拶をした上で、テーブルに報告書入りの封書を置き、ご夫婦お二人に席についてもらうよう促した。早速だが封書を開けて良いかね?とご主人。
えぇどうぞと答え、しばらく無言の時間が過ぎる、最初は軽くページをめくり内容を見ていたが、ある時から報告書をわし掴んで顔近くまで持っていき、同じところを何度も見ている。そしてご主人の顔が一気に厳しくなった。…この内容は事実かね?
中身に対しての信ぴょう性は何度も調査確認しました。ご主人どうかこの結果を…。
ゴッ!ガシャーンッ!
突然、右隣にいた奥様の左ほほをこぶしで殴り、奥様が椅子ごとひっくり返る!やると思った!!初めてあった時からプライドが高そうで、時折見せる威圧感、そういうものが見えていたので警戒していた。彼の尊厳を傷つけたことに間違いはないが、女性を殴っていい理由にはならない。
なおも奥様に馬乗りになろうとし、応接に飛び込んできた男性調査員と2人でご主人を押さえつけ、ご主人落ち着いて!落ち着けよ、もう!!続いて女性調査員が倒れた奥様を抱き起こす。床に頭を強打したようで意識がなく血が出ている。
救急車を!
それから事務所前にパトカー、救急車そして人だかり。警察から事情を聴かれる事となり、奥様以外の当事者全員が所轄署まで同行そこで調書をとられた。もうほんと余計な時間を食った、勘弁してほしい。ご主人はまだ署にいるようだ。
事務所に戻って、ぐしゃぐしゃになった報告書を拾い上げ、ややこしい事にならなきゃいいけど、なんて思いながら自分のデスクに深く腰掛け、ため息をついた。
そして。。。三日後の昼過ぎ、その娘さんが1人で事務所にやってきた。
調査内容を確認できる委任状を持参し、ご主人と奥様の連名で実印まで押してある。準備良いなこりゃ。念のためご主人に連絡し確認、こちらもこんな時用の書類を引っ張り出して署名捺印をしてもらい、改めて作り直した報告書を手渡すことにした。依頼主以外でホントはこう言うことはしたくないのだが。
高校生の頃に産んだ子供

応接に通して、少し気になっていたことを聞いてみた。
あの日の夜はやはり大変だったらしく、警察から探偵社で父親が母親を殴ってけがをさせたと聞いて、奥様が入院した病院に急ぎ、けがの状況確認と入院手続き。そしてご主人を身元引受人として所轄署に迎えに行き、自宅に連れ帰ったと言う。
翌日ご主人は娘さんを避ける様に会社へ向かい、何を聞いてもしゃべらなかったそう。けがの様子が落ち着いた母親にも、今回の原因を聞いたが謝って泣くだけ。状況が全く分からず、らちが明かないので両親を個別に説得。彼の調査依頼がされたことを知り、報告書を自分が見る為、委任状を作成ここに訪問したらしい。
対面に座る彼女はまっすぐ真剣に視線を向けてくる。怖いくらいだ。何だ?こんなシーン前にもあったな?なぜだか沸騰したヤカンを思い出していた。
報告書を受け取った彼女は無言でページを開く。何分経ったろうか?つぶやくように、
…彼がお兄さん?血のつながった兄?兄さん…。又も報告書の形が歪む。
そう、娘さんの相手男性は血縁の兄で、奥様が高校生の頃に産んだ子供。妊娠発覚時は堕胎できる時期も過ぎ、父親はある公職の人間だった。そこで親族で話し合い赤ちゃんが生まれると遠縁の親戚に養子に出され、そのあと奥様は進学して短大を卒業。お見合いで今のご主人と結婚。娘さんが生まれた。
夫婦として過ごした四半世紀、ご主人はその経緯も子供のがいたことも知らなかった。ご主人なりに思う処があったのはわかる。この仕事をしているとまれにこう言う場面があるが、あとは当人が事実を受け入れるか、そうでないか。こちらでできることは何もない。
娘さんと兄は、お互いが勤める会社のある記念パーティで知り合い、意気投合し付き合いだした。その時初めて会ったにもかかわらず、昔から知っているような気持ちになったと言う。
色んな感情が回っているのだろう、どうしていいのか分からず、悲しいのか腹ただしいのか。でも涙を我慢している表情の娘さんに声をかけた。
お嬢さん報告書の通りです。我々にできることは今なにもありません。これからのことは戻られたらご家族と、又彼とよく話し合ってください。
と、そのとたん堰を切ったように涙があふれだし、でも声を出さないよう下を向いて静かに泣いていた。自分は落ち着いたら声をかけてくださいと、ハンカチを渡して席を外す。女性調査員に声をかけてから、事務所が入るこのビルの非常階段へタバコを吸いに出た。
で、ここでドラマならその後が描かれて色々分かるんだが、現実は報告書を渡したこの時点で終了。その後の事はわからない。こちらから調べたり聞いたりすることはまずない。
手紙

しかし、1年ほどして娘さんから封書の手紙が届いた。当時のお礼から始まり、近況を知らせてくれた。
結局ご主人と奥様は離婚。娘さんは奥様の故郷で一緒に暮らしているらしい。離婚後のご主人の事はわからないと。そして事実を知り兄だった彼は、ある日を境に連絡が取れなくなり、勤めていた会社は退職。自宅に行ってみたがアパートは引き払われていたそうだ。

それぞれに結論を出したということか。
まぁ彼女ならよい男性が又現れるのじゃないだろうか?無責任なことを勝手に思いながら、次の調査の準備をする。入り組んだストーリーでの盛り上がりも、伏線も何もない。まっリアルはこんなもんだろう。
今回この話をしたのは、娘さんが何となく女房に似ていたから。ただそれだけだったりする。あぁ、いいおっさんがいつまで引きずってんだか…な。
takarada著