留学生達の恋。留学期間が終わりを迎えれば、離れ離れとなり淡い思い出として青春の1
ページに刻まれるセピア色の物語。散りゆく定めと知りながら、その一瞬に燃え上がる、美
しくも儚い人間ドラマ。
留学生たかしの恋物語
僕が住んでいる街には国立大学があり、日本をはじめ世界各国の大学と交換留学が行われて
いることもあり毎年沢山の留学生がこの街を訪れます。留学という限られた時間の中で現地
の学生や留学生同士で恋愛関係に発展したり、中には勉強そっちのけで出会いを求めて毎晩
クラブやバーに通うそんな数々の恋愛ドラマが繰り広げられます。
今回は、僕が仲良くしていた日本人留学生たかし(仮名)の儚くも希望に満ち溢れた恋物語
を書こうと思います。
たかしは当時大学2年生、大学を休学して1年間の語学留学でこの街に来ていました。当時
僕が働いていたレストランにもよく足を運んでくれていて、仕事終わりにちょくちょく飲み
に行く仲になりました。性格は穏やかですが芯が強く熱い男、将来は海外転勤の出来る企
業に就職して世界中を飛び回りたいと話していました。
たかしが留学に来て半年もたったころ、僕の住んでいるアパートで2人で飲んでいると、た
かしが突然「好きな子が出来た」と言いました。
彼には留学に来た当初、日本に付き合ったばかりの彼女がいました。しかし遠距離恋愛は長
くは続かず留学から2か月後、彼女のほうから別れを切り出され残念ながら2人の関係は終
わってしまいました。その時の彼の落ち込み様を目の前で見ていた僕にとって、今回の話は
自分のことのようにうれしい出来事でした。
衝撃の一言
相手はパーティーで出会った大学生で、日本の文化に興味があり意気投合、頻繁に連絡
を取り合っているということでした。これと決めたら一直線の性格のたかしはもちろん告白
する気満々。今度デートに誘ってその時に告白するということでした。
学生時代キャンパスに好きな子がいたにも関わらず、フラれたときのことを考えると話しか
けることもできずに、悶々としキャンパスライフを送っていた僕が彼に対して尊敬と憧れ
のまなざしを送っていたことは言うまでもありません。
そんな僕のまなざしに気づいているのかいないのか話を続けるたかしの口からわが耳を疑う
衝撃の一言が発せられたのは、僕がビールを取りにキッチンから戻ってきたときのことでし
た。
「でも、その子彼氏がいるんですよ。」
たかしの言葉に揺れる僕の心
彼は悔しがるわけでもなく淡々と僕に言いました。
「えっ!?でもさっきお前告白するって言ってたじゃん?彼氏いる子に告白してどうすん
の?フラれるに決まってるだろ?」
僕はたかしがこうもあっさりと好きな子に彼氏がいることを話すことに驚きを隠せません
でした。そして、正直な思いとして、限りなくゼロに近い成功の可能性しか残されていない
告白に踏み切る彼の真意を疑いました。もし、仮にその告白が成功したとしてもそれは
略奪愛。人を踏み台にしてまでもその恋のステージに立とうとしているたかしに少なからず
違和感を覚えている自分がいました。
「俺にとっては、フラれることよりも自分の気持ちに正直に生きれないことのほうが、もっ
と辛いです。その子に彼氏がいるからといって自分の気持ちを伝えないということは俺に
は理解できないです。」
「じゃあ、あっちがオーケーだったらどうするの?むこう、彼氏いるんだよ?」
「それは彼女の決断です。もちろん彼女を大切にします。」
彼の真剣な目を見て、僕の頭に浮かんだ人を踏み台にして恋のステージに上がるという言葉
がいかに偽善的で陳腐であるかということに気づいたとき、たかしに対して湧き上がる怒り
にも似た感情を必死に抑え込もうと喉に無理やり流し込み続けたビールの缶は空っぽになっ
ていました。
酔っぱらっている僕にはたかしがキラキラと輝いて見えました。正直告白が成功して欲しい
とはちっとも思っていませんでした。ただ、1人の人間としてその在り方に感動していまし
た。あの日の夜の出来事は今でも僕が人生に悩んだり、迷ったときに必ず思い出す出来事
です。
新たなるステージへ
たかしの告白は失敗に終わりました。でも、自分の心にある大切な想いを好きな女性に伝え
ることができたという事実は、彼を1回りも2回りも大きな男にしたに違いありません。
たかしは僕に教えてくれました。人生の中においての決断の1つ1つは新しいステージへと
つながる階段なのだと。そして、その1つ1つに嘘や偽りがあってはならないというこ
とを。
彼の行為は決して人を踏み台にするような行為ではなかったのです。
たかしがやりたかったことは自分自身と素直に真正面から向き合い行動する、ただそれだけ
のことだったのです。
留学生たちの織り成す恋愛ドラマ、それが儚くも美しく映るのは、彼・彼女達が異国の地で
自分自身の想いと正面から向き合い、恋をし、恋に破れ、人生の次なるステージへと駆け上
がっていく姿そのものであるからではないかと思います。
コロナ禍の現在、大学は全面休校ということでもちろん留学生もこの街にはおりません。
1日でも早くこの街に留学生達が戻ってくる日を心待ちにしています。
sohei著